Kさんとのランチ
昨年の秋に発行された銀座特集の雑誌を偶然手にする機会が最近ありました。
その中に数ページの座談会が載っていて、懐かしい名前がずらり。
というのは、私が銀座のお店で出てからまず最初にA部長からしっかり覚えるようにと教えられた名前だったからです。
でも、この雑誌に載っているのはそのご子息達なのですが、やはり親子だけあって面影が重なります。
銀座のドン的存在だったKさんのお店は新作が出るたびに良く足を運びました。
開店と同時に行くと店先に打った水がすがすがしくて大好きでした。
皇室や政界の方々が上得意だったWさん、Sさんのお店はご兄弟仲が悪いというのが定説でご来店になってもご兄弟の話はタブーでした。
そして、私がお世話になったお店からもまだ、若い四代目が皆さんと一緒に並んでいました。
私が在籍したときはご長男の方が室長付けで月に何度かお店にいらしていました。
線の細い、眼鏡をかけた穏やかな方で新幹線通勤をしていた私をねぎらってくださった事もありましたがここに写っていたのはその弟さんで当時、日本橋にある商社にお勤めだった方で。風貌が当時の社長にそっくりで驚きました。
この方は、私も数回だけお会いした事がありますが、よくも悪くも「俺様」で年長者でもうちの使用人という観念が抜けないのかA部長にも馴れ馴れしい口調で、遠巻きにその様子を見ながらあまりよい気持ちはしませんでした。
けれど、人の上に立つ人間というのはそういった強引さもしばしば必要なのかも知れないと、今は思えるようになりました。
また少し、タイムスリップ。
親友のYはとにかく逸話が多い。
教えてくれたのは、Yを通じて親しくなったファッション関係のおじ様方やデパートの男の子達。
Yが新人としてファッション関係の研修に行ったときにメンズブランドのポロシャツをかわいらしい雰囲気で着ていたことが講師陣の間で話題になったそうだ。
「言っちゃ悪いけど、Yちゃんや夜羽ちゃんの地元って地方でしょ、まさかそこの子があのブランド着てくるなんてはっきり言って驚いた。」
当時はブランド全盛期、こんな会話が為されてもちっとも不思議じゃなかった。
私も、Yの伝手でデパートの研修に二、三度紛れ込ませてもらったことがある。
(デパートの役職の方の承認は取ってある)
印象的だったのはウォッチのムーブメントの研修。
そこに集まったのはほとんど女性でみんなクレドールの無垢とかカルティエのタンク、ホイヤーやオメガのスケルトンなど何十万もするウォッチをしていた。
私も当時はエルメスが好きで何本か持っていたし、服装に合わせるとトキオ・クマガイかな?などと家を出るまではいろいろ考えていたけれど、買ったばかりのプラスティックバングルのピンクのウォッチがどうしてもしたくて、それに合わせて服を着替えたことを覚えている。
でも、そのウォッチは4800円で買ったベガの新作。
集まっているのは売り場の子たちだから私のウォッチのメーカーや売価なんてお見通しだとわかると顔が恥ずかしさで火照る。
そんな私の隣の席に30歳くらいのスーツ姿の男性がドカッと座ると「いいねー、それ!先週出た新作だよね。服とマッチしててすっごくいいねぇ!」と大声で私を褒めた。
私は呆気にとられて隣のおじさん(当時19歳の私にしてみれば)をまじまじと見つめてしまったけれど、その人は本当に嬉しそうな笑顔で私を見返している。
(たとえれば、庭球のキヨのようなノリです)
この方とは結局、私が主人と出会う一ヶ月前まで付かず離れず、兄と妹のような父と娘のような、時として恋人のような関係で。
(主人は会ったことは無いけれど、私が話をしているので存在は知っている)
Yに言わせるとデパートの商品本部の役職の人間なのに誰にでも人当たりが良くて仕事もできるらしいので人望が厚いとのことだった。
ただ一度、私と待ち合わせ(店内のレストラン街でランチを一緒にということで)したときにそこで商談をしていたらしく、いつもは温和な表情がとても険しかったのを垣間見てしまった事があって、会話が聞こえる距離まで近づくと相手のメーカー担当者にそれこそきつい物言いで聞きようによっては嫌味かいびりのような内容で驚いたことがある。
仕事中に悪いと思ったけれど、この人がそんな意地悪いことをツラツラというのを聞きたくなくて声をかけると私を見て一瞬気まずそうな顔をしたけれど
すぐにいつもの笑顔に変わった。
仕事は仕事、自分の商談内容で会社にどれだけ利益をもたらすのか考えなければいけない立場なら、取引先に対しての態度として決して非難されるものではないと私がわかったのは銀座で店に出るようになってからのことだ。
話はYに戻る。
当時、雑誌に出ている服や小物は完売になることが多かった。
私はどうしてもほしいロペのOPとYSLのゴルフウエアがあって都内のデパートにYと出かけた。
銀座の路面店で買うよりも一度にまとめて買えるし、売り切れている確率の少なかったから。
ロペの麻のOPはすぐに見つかり、ショップ店員さんが「他にお買い物があるなら伝票におまとめしましょうか?」と言われてはい、と答えたのがいけなかった。
あれこれ買い物をして最後に精算というときになってトラブルは起きた。
母のカードだったので使えないといわれたのだ。
当時は個人情報保護などというものはもちろん存在しないし、そのあたりはとてもあいまいで軽んじられていたといっていい。
だから、母のカードでもクレジット会社がオンラインでOKを出せばサインひとつで済んだし、今は家族カードなんていうものもあるけれど、当時はダイナースくらいしか発行していなかったと思う。
それもダイナースはかなり社会的地位が無いとなかなか作れないカードでアメックスのグリーンを持つならダイナースのほうがいいといわれていたほど。
今から考えれば担当の男性は新入社員で(Yがこのデパートのネームの色分けで新入社員だとわかっていた)おそらくCICまで取ったために発覚したのだと思う。
でも、その社員は自分より若いと私達を踏んで、どうしてこんなに洋服を買うのかとかゴルフなんかするの?みたいな言い方をしてきたのにYが内心キレた。
「ねぇ、あなた?ここの店長はUさんよね。お呼び立てしてもらえます?いらっしゃらないようなら婦人服のゼネラルマネージャーのPさんでも構わないわ。」
人間は怒ると丁寧な言葉(慇懃無礼?)を使うようになる・・・というのを私はここで知った。
「Yといえばお分かりいただけると思うわ。」
名乗ったことでハッタリではないと思ったのか彼はYの言うとおりにするとしばらくしてテディベアのような雰囲気(私の第一印象はこうとしか思えませんでした)のダンディ(死語かしら?)な年配の男性がやって来たと思うとYは思い切り猫なで声で「Uさぁん、Yたち困ってるの~~」と言いながら椅子から立ち上がった。
Yは決して異性にしなだれかかるような子ではないので鈍い私もYがお芝居をしてるんだという事がわかって、それなら余計な事を言ってYの思惑をつぶすようなことがあってはいけないと思いそのU店長に黙礼だけをした。
事情を話すYに途中で「わかった、わかった!」と遮ってカウンターにある伝票の精算者欄にさらさらと数字をいれサインをしてくれた(Yに聞いたところでは数字は販売者番号らしい)。
Yはよほど親しいのかその後、ふたりで店内にあるカフェでお茶をご馳走になった。
冒頭のポロシャツの話はこのときに聞いたこと。
Yは地元では資産家のお嬢さんだけれどそれをひけらかす事はなく、何をさせてもy流が罷り通った。
そんな彼女が今は九州で商社マンの奥さんをしてる事が不思議だ。
サラリーマンの奥さんが一番似合わなそうだったし・・・でも、息子がおなかにいる時にご主人と会いに来てくれたけど(結婚してすぐ東北に転勤になったため)挨拶もそこそこにYがご主人に言った言葉が忘れられない。
「夜羽のだんなさん、かっこいいでしょ。ね、あたしが言ったとおりでしょ。それから、今はボルボに乗ってるのよ。」
でも、そんなYにもう慣れたのかご主人は優しく笑って「そうだね、Yちゃんの言うとおりだね。」と言った事が私をとても安心させた。
こんな風に器の大きい人ではないとYの夫は務まらないと思ったから。
メールは平気で半月くらい無視するYもたまに息子さんとのプリを貼ったはがきを送ってくる。
まるで、20代のようなその笑顔に私は20年来の友人の幸せを確かめる。
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