まずは、このお話の登場人物とその相関を語ろう。
ペテンをかけたのは私、夜羽である。
その実母S子の母、つまり夜羽の祖母の通夜(実母の実家/以下本家 で執り行われた)での出来事になる。
母S子には年の離れた姪U子がいる。
彼女の年は私と母のちょうど中間。本家の長女で、両親は夜羽から見て本家の叔父と叔母。
ちなみにU子の夫は私の実父の甥であり、二人の結婚に尽力したのが我が両親だったので、本当のきょうだいのような付き合いをしていた。
もちろん娘の私のことも小さい頃から大変可愛がってもらったし、今も付き合いが深い。
U子には本家の跡取りの弟がおり、その嫁X子が私のペテンの標的だ。
X子とその母は結婚が決まってから無理難題を本家へ申し入れ、本家の叔父叔母はU子やうちの両親にもこぼす程だった。
同居はするが、敷地内に家を建てろから始まり、車を買えと要求が次々と舞い込む。
それができなければ結婚は破棄とまで迫ったという。
元々大農家でそれなりに資産があるため、その要望に応えたのが悪かったのかもしれない。
新婚用の家具電化製品を揃えるとそれらはX子の実家に持ち込まれ、その実家で今まで使っていたものが新築の家に運び込まれる始末だった。
それでも、本家の叔父たちは「好きで一緒になるのだから」と耐えたようだ。
それは母S子の私への耳打ちで始まった。
「夜羽がおばあちゃんにあげた金とプラチナの指輪が、見つからないのよ」
母と叔母、二人で祖母の部屋の片付けをした。
結婚前に私が指にしていたものを珍しく祖母が欲しがったのでその場でプレゼントしたことを母は覚えており、形見として私に返そうと思ったらしい。
「それに財布の中身がないのよ」
妙な気がして母が叔母に聞くと言いづらそうにこう答えたそうだ。
「あの子が来てから、おばあちゃんのものがよくなくなるようになったの」
あの子とはもちろんX子のことだ。
「ふうん」
あのX子ならやりかねない・・・私はこれまでのことを思い出して確信した。
ところで、そんなX子にU子は義姉として大変尽くしていた。
嫁いだ娘として両親や弟と仲良くやって欲しいという願いも有り、実家とX子の潤滑油のような役割をしていた。
X子もそれを勘違いしていたようだ。
「義姉U子に可愛がられている私」を事あるごとに強調した。
U子は美人で性格もよく働き者なので実家の近所の年寄りたちに幼い頃から評判がいいことをX子は知ったのだろう。
周りの純朴な人たちを隠れ蓑にしているX子に無性に腹がたった私はここで一芝居打つことにした。
もちろん、お芝居もペテンも誰にも分からずにX子を貶めるやり方。
やがて、U子家族も到着した。
私を見つけたU子は両親への挨拶もそこそこに「夜羽ちゃん!ひさしぶり!」とやってきた。
私も「U子ちゃん!」といつも通り「ちゃん付」で挨拶を交わし、しばらく積もる話に始終した。
それを悔しそうに見つめているX子に私は気づいている。
X子は私とU子がここまで親しい間柄とは知らなかったようだ。
X子は人が集まり始めるとおもむろに台所仕事を始める。
わざわざ、外に集まる近所の年寄りたちに姿が見えるように井戸端で白々しく野菜を洗ったりしていた。
祖母の通夜の準備のために甲斐甲斐しく働く本家の嫁をアピールしているのがミエミエだった。
(時期は2月、田舎なので通夜は宴会のような状態で朝から晩まで続く。仕出しなども頼むが嫁や隣組のおんなたちが総出で手伝う)
農家独特の上がり框すぐの広間のような居間のこたつで私たち身内のものが男は酒、女は茶菓子をつまんでおしゃべりに興じる。
叔父がX子を気遣って居間にとどまらせたときに私はチャンスとばかりにおんなたちの前で切り出した。
祖母が私の指輪が欲しいと言ったのであげたこと、さっき部屋を探したがなかったこと。
あとで、出てきたら形見に欲しいと伝えた。
叔母はそれを約束してくれたが、おそらく内心では出てこないと思っていただろう。
U子がどんな指輪でいくらしたのかと聞くので、詳しく正直に答えた。
でも、ただ一つ違っていたのは・・・指輪の価格。
「10万くらい?」と聞くU子に「そんなところかな」と笑っておいた。
U子は「夜羽ちゃんがそんな安物買うはずないわよね」とお世辞を言ってくれたのも幸いした。
X子は慌てて居間を出て行った。
指輪の価格はタダだ。
祖母が欲しがったのは資生堂の景品だった。
しかし、かなり作りがよく見た目も重さも本物と変わらない。
それが気に入って私はたまにお遊びで付けていた。
祖母が存命のときにX子があらぬことをしていたのならいい。
祖母も叔母も知りながら、些細なことと判断し諦め、X子を哀れんだと思うから。
しかし亡くなってなお、祖母の持ちものに手をかけるとは許せない。
暗くなってもX子は井戸端で野菜を洗っていた。
しおらしく見せているその姿に、私は冷ややかな目を向けた。
話は唐突な展開を見せる。。
まもなく、実家にX子が叔母に伴われてやって来た。
「夜羽さんの指輪が見つからないのは、祖母の世話をしていた私の落ち度で申し訳ない。私の気がすまないのでこれを収めて欲しい」
そんな言い訳と共に封筒を差し出した。
叔母の目配せで母はその封筒を受け取った。
母が受け取ればこの件は終わると叔母なりに感じていたようだ。
中には5万円入っていた。
X子としても指輪が見つからなければ私が次にどう出てくるか、不安を感じたのかもしれない。
もちろん、X子は祖母の世話など一切したことがない。
おそらく、指輪はX子が実家の母親か妹にあげてしまったと思われる。
しかし、後に質草にでもすればX子は私に地団駄を踏むだろう。
こんな、卑しい心根の女が身内になったことを恥ずかしく思うけれど、私が今までの人生の中で仕掛けた最初で最後のペテンだ。
草場の陰で祖母が苦笑いをしてくれればそれでいい。
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